台中駅とか

映画では日本文化に関係する表象がちらほら見られた。というのも、台湾は1895年(明治28年、光緒21年)4月17日から第二次世界大戦後の1945年(昭和20年、民国34年)10月25日まで日本が統治していた事から、映画でも髪を結った日本人の女性が写っている額や、子供達が屋根裏部屋から発見した旧日本軍のものと見られる日本刀など出てくる。1960年代の台湾において、日本による統治時代の名残が存在したことがよくわかる。

台湾統治において、日本は帝国主義に基づく同質化政策を展開。水道をはじめ総督府は台湾のインフラ整備を推進していったが、その一つに交通開発も含まれていた。その際、日本における電車・鉄道レールの規格に準じて線路を作っていったらしく、製造元が日本だろうが台湾だろうが、いずれの土地でも利用可能な電車・鉄道を製造したかったという背景がうかがえる。互換性は、帝国政策を考える上で重要な観点だったのだろう。

また、台湾にはその時代に造られた駅舎が残っており、保存はもちろん、新たな観光資源として活用されているケースもある。その中の一つ、台中駅は初代の木造駅舎、二代目どちらも残されており、二代目は赤レンガの東京駅を設計した辰野金吾と同じような様式なのが特徴だ。今の台中駅は高架駅で、線路も高架化されている。高架化はこのサイトを見ると、現代にあった様式といえるだろう。

途中脱線してしまったが、今回の映画を通して一番感じたことは、上映前にトイレを済ませるのがベターだということ。(終盤は膀胱との戦いだった・・)

そして、この映画は権利の関係でDVD化されていないので(これからもDVD化するかわからない)このページを読んで、もし興味があるなら劇場へ行くことを強くお勧めする。